【2016秘仏御開帳情報】法隆寺夢殿・救世観音(ぐぜかんのん)

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聖徳太子創建のお寺として、そして世界最古の木造建築として有名な法隆寺。

しっかり拝観しようとおもうと丸一日かかってしまう、ものすごく大きなお寺です。

 

この法隆寺の東の端にひっそりといらっしゃる秘仏、救世観音がまもなく御開帳です。

年に二度の救世観音の御開帳。

どうかお見逃しなきよう。

 

救世観音とは何か

こんかい御開帳となる秘仏、救世観音(ぐぜかんのん)さんですが、
聖徳太子の生前のお姿をかたどった仏様といわれています。

つまり、等身大の聖徳太子。

 

はじめて救世観音さんを拝見したときの衝撃といったら…!

薄暗がりの中に静かにたたずむ、ずんと神々しいお姿。

はっきりとは見えぬものの、おしせまる覇気のような、
何者をも見通す眼力のような、なんとも言えぬものを感じましたね。

飛鳥仏特有の、ほんのりとした恐ろしさと、美しさ。

ひとの手でつくられたものとは思えぬ、どこか生命力すら感じる仏様です。

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口達者なフェノロサと、救世観音のお目見え物語

救世観音さんは長年、絶対秘仏として人の目にふれぬよう、
夢殿(ゆめどの)の奥の厨子の中に、
400m近くある木綿の布でぐるぐるに巻かれ、しまいこまれていました。

法隆寺の高僧ですら、そのお姿を目にすることはできなかったそうです。

その理由は、

『救世観音が世に出ると、恐ろしい災いが降りかかる』

と伝えられていたのです。

そのため、救世観音さんは長年暗い厨子の中にじっと静かにたたずみ、
歴史の動乱をひとり静かに見守ってきたのです。

世を救う観音さま、というお名前ですのに、なんとも皮肉な話ですね。

 

近代まで歴史が進み、日本の仏教美術が世界からも評価され始めたころ、
この救世観音さんにも調査依頼が来るようになりました。

何人もの学者が救世観音さんの御開帳を法隆寺に交渉したそうですが、
法隆寺側はがんとして首を縦に振らなかったとか。

 

そんな中、国お抱えのアメリカ人学者、フェノロサがやってきます。

彼もまた交渉に交渉を重ね、
最終的に岡倉天心(美術行政家、美術運動家)とともに夢殿にはいり、厨子(ずし)の扉を開いたのです。
※厨子:仏さんを安置する入れ物。

 

(外国人の彼だからこそできた芸当ではないかと私は想像します。
自己主張の苦手な日本人にはなかなかできない歯に衣着せぬディベート技術で
WHY? HUH? WHY NOT? I CAN’T UNDERSTAND! と気迫で勝ったのでは…と。)

 

フェノロサが厨子を開ける瞬間、
周りにいた法隆寺の僧たちは思わずその場から逃げだしたとか。

きっとぎりぎりまで「あかん!やっぱあかん!ヤメテー!」って
主張していたんだろうなぁ。かわいいなぁ。(※これは私の妄想)

 

そういうわけで半強制的にOPENされたであろう救世観音さんですが、
幸い恐ろしい災いも天変地異も起こらず、今も法隆寺のある斑鳩の里は平和です。

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なぜ救世観音は聖徳太子といわれるのか

救世観音さんが祀られているのは、
夢殿(ゆめどの)という八角堂(八角形の形をしたお堂)です。

八角堂は、偉人の供養のためのお堂、供養塔の意味を持っています。

全国各地に八角堂がありますが、
そのお堂の中は必ず実際に生きていた方が祀られています。

 

ただし、夢殿に関してだけはなぜか『救世観音』という観音様なのです。

 

そうなると、当然人々は想像します。

あれは本当は観音様ではなく、どなたかの偉人のお姿なのではないか?と。

 

現在夢殿の建っているこの敷地。

実は、聖徳太子の宮である斑鳩の宮(いかるがのみや)があった場所です。

そしてその目と鼻の先に斑鳩寺(いかるがでら)、またの名を若草伽藍(わかくさがらん)がありました。

その実は何を隠そう、現在の法隆寺の元祖のお寺です。

 

斑鳩の宮は聖徳太子が亡くなったのち、蘇我入鹿によって焼かれました。

そうして聖徳太子一族は女子供ともども、みな焼け死んだと言われています。

時を近くして斑鳩寺も火災によって焼けたと伝わっています。

 

斑鳩寺も、反太子派の入鹿によって焼かれたのではないか、と私は勘ぐってしまいます。

(のちに斑鳩寺は現在の法隆寺として再建されますが、いったい誰が再建したのか、
その財はどこから来たのかなど、未だにわかっていません。法隆寺は謎多き寺なのです。)

 

そんな悲劇のあった場所に建つ八角堂、夢殿。

そこに絶対秘仏として半ば封印されるように安置されている…観音さま?ん?

 

いやいや、八角堂は供養のお堂。

偉人が祀られているはず。

では観音のお姿にまでなれる偉人とは?

 

聖徳太子、その人しか考えられないでしょう。

 

救世観音、その実は聖徳太子であり、
非業の死を遂げた一族の無念を恨む聖徳太子を供養しているのではないか。

そして絶対に厨子が開けられることがない理由とは、
その聖徳太子の怨念をその中に封じているのではないか…と人々が噂したのは、想像に難くありません。

 

謎が多いからこそ、人々は想像し、推理し、その中で聖徳太子を恐れ敬ったのでしょう。

今でも聖徳太子信仰の息づく斑鳩の地は、古代からの人々の想いが、
1400年たった現代まで続く稀有な地です。

この信仰が世界から評価され、このお寺は日本で最初の世界遺産になりました。

 

 

・・・と色々語りましたが、聞いただけではぴんと来ないかもしれません。

ですので一度、救世観音さんをご覧になってください。

きっと、意味がわかりますよ。

飛鳥時代の金箔の輝きや装飾が今でも残る仏様。

絶対秘仏だったからこその完全な保存状態の飛鳥仏は、他では見られません。

 

救世観音の御開帳情報、夢殿・法隆寺の拝観情報

御開帳期間

春季:4月11日~5月18日、 秋季:10月22日~11月22日

拝観時間

8:00~17:00

※11月4日より8:00~16:30

拝観料

夢殿のみ:300円

法隆寺、大宝蔵院、夢殿の三か所まとめて:1500円(小学生750円)

アクセス

住所:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1

電車:法隆寺駅より徒歩約20分

バス:法隆寺駅から法隆寺門前行き「法隆寺門前」下車すぐ

王寺駅から春日大社・奈良行き「法隆寺前」下車すぐ

近鉄筒井駅から王寺駅行きバス「法隆寺前」下車すぐ

車 :近隣に駐車場多数あり

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ABOUTこの記事をかいた人

Fumie Katayama

奈良の戦える女将。 母の影響で幼い頃から民俗学が好きだったものの、マッドサイエンティストに憧れて学生時代はバリバリの理系。[東京農工大学 工学部 有機材料化学科卒][同大学 技術経営研究科 技術リスクマネジメント専攻卒(研究分野:光学ポリマーアロイの複屈折制御)]武道も好きで、テコンドー(ITF)をしていたことも。[学生テコンドー全国選手権大会 トゥルの部二連覇(2008)(2009)、スペシャルテクニックの部優勝(2009)]就職を利用して一度住んでみたかった奈良県へ移住。古都奈良で1400年間言い伝えられてきた伝説、伝承、信仰、民俗芸能など生きた文化を目の当たりにし、眠っていた民俗学好き魂が再燃。『こんなにあやしくておもしろくてディープな奈良をもっと知ってほしい』という想いから、現在は"奈良のあやしくてかわいい宿"を開業するべく準備中。