光る聖徳太子。奈良・橘(たちばな)、橘寺の伝説<明日香村>

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奈良県は明日香村(奈良盆地のいちばん南あたり)、

ここに橘(たちばな)という地域があります。

橘という地名よりも、そこにあるお寺、『橘寺(たちばなでら)』の方がよく知られていますね。

 

はじめて橘寺という名をきいたとき、美しい名前のお寺だなぁと思いました。

全国に七つ、聖徳太子が建立(こんりゅう)したと言い伝えられるお寺がありますが、橘寺はその七寺のひとつとしても有名なお寺です。

 

 

そんな橘という地域は、

なんとも不思議な伝説の残る場所です。

 

 

『橘寺』の名は、この地名からとられました。

お寺の名前が地名になっているのはよく見かけますが、地名がお寺の名になっているのは比較的めずらしいと思います。

それだけこの地名は人々に大切にされていたのでしょう。

 

今回はこの橘に伝わる伝説について、お話ししていきたいとおもいます。

 

タジマモリの神話

舞台は日本神話。

天皇がまだ神という存在だったころのお話です。

 

聖徳太子が産まれるよりもずっとむかしの、垂仁(すいにん)天皇のころ。

あるところに、タジマモリというとてもまじめな神がおりました。

 

ある日タジマモリ、垂仁天皇から

「常世(とこよ)の国にあるという、非時香菓(ときじくのかくのみ)という不老長寿の果実をとってきてほしい。」

との命を受けました。

 

※常世の国とは、海の向こうにある不老長寿のすばらしい国だといわれていました。ただし、どこにあるかは誰も知らない。むしろあるかどうかもあやしい。天皇無茶ぶりすぎや…。

 

 

このとき垂仁天皇、おんとし131歳。

 

「いやあんたもう充分生きたやろ…!」

 

…なんて言えるわけもなく、

タジマモリはあるかどうかもわからない国へ、あるかどうかもわからない不老長寿の果実をとってくるという

ヘビーな旅に出たのでした。

 

 

それから長いあいだ、タジマモリは放浪の旅をつづけました。

海をこえ、山をこえ、砂漠をわたり、伝説の国の伝説の果実を探し求めて。

 

そして十年ちかくたった頃、とうとうタジマモリは常世の国へとたどり着き、

不老長寿の果実を見つけたのです。

 

 

タジマモリはその果実のついた枝を大切にもって、垂仁天皇のもとへ戻りました。

 

しかし・・・

 

 

帰ってきてみると、

 

垂仁天皇はお亡くなりになっていたのです。

タジマモリの帰る、わずか一年前のことでした…。

 

 

タジマモリは持ち帰った果実の枝を半分に分け、それを垂仁天皇の妻に献上しました。

 

そしてもう半分を持ち、垂仁天皇の御陵(ごりょう:天皇のお墓。古墳のこと。)へおもむきました。

 

そして垂仁天皇の御陵にタジマモリは持ち帰った果実をささげました。

 

あまりの悲しみと、自らのいたらなさからでしょうか、タジマモリはおもわずその場に崩れ落ち、おいおいと大声で泣き叫びました。

そしてそのまま、

御陵の前で自ら命を絶ってしまったそうです。

 

 タジマモリ、あんたまじめすぎや…(涙)

 

 

後日、人々はタジマモリの持ち帰った果実の種をまきました。

すると不思議なことに、そこから橘の芽が出てきたのだそうです。

 

以来、人々はその地を『橘』と呼ぶようになったということです。

 

 

 

~タジマモリこぼればなし~

このタジマモリ、お菓子の神様(果実と一緒に持ち帰った黒砂糖から由来)、薬の神様(不老長寿の薬を持ち帰ったことから由来)として人々に祀られています。

そしてタジマモリの小さな古墳は、垂仁天皇陵(宝来山古墳。奈良市尼ヶ辻町)のすぐ横に寄り添うようにつくられています。

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聖徳太子と橘の奇跡

ときは流れ、飛鳥時代。

ここ橘に聖徳太子によって橘寺が建てられることとなるのですが、

それもにもまた、不思議な伝説がからんでいます。

 

そういうわけで橘にまつわる不思議なお話をもうひとつ。

 

 

推古(すいこ)天皇の時代のこと。

推古天皇のおきにいりだった聖徳太子は、ある日、推古天皇から仏法の講和をするよう命じられました。

 

当時橘には、聖徳太子の生まれた家(正確には宮です。なんやかんや皇子なんでね。)がありましたので、その家で聖徳太子は講和をすることにしました。

 (わざわざ天皇をじぶんの家に呼んで講和するあたり、さすが天皇のおきにいりです)

 

勝鬘経(しょうまんきょう)という難しい講和を三日間にわたって話し続けたのだそうですが、

その夜に不思議なできごとが起こったのです。

 

 

まずはじめに、宮の庭一面に、空から蓮華の花びらが降ってきて雪のごとく降り積もりました。

(まぁ!)

 

次に、宮の南側にある山の斜面に、千はあるであろう仏頭(読んで字のごとく、仏の頭です。)が現れました。

(え、こわい…。)

 

そして最後に、聖徳太子の頭がまばゆい光を放ったのです。

(え、えぇ…。)

 

 

「おいおいやべぇなここ!」

ということで、驚いた天皇が聖徳太子に命じてこの地に作らせたのが橘寺なのだとか。

 

そんな不思議なおはなしが、あの橘寺には残っています。

 

ちなみにわたしの個人的推測では、これは聖徳太子が自分の家のちかくに寺がほしいが故に、天皇に一芝居打ったのではないかと思っています。聖徳太子、ワルイやつやで。※憶測です

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橘へ行った際はぜひ、こんなおもしろいお話たちを思い出してみてください。

何気ない田舎の風景が、急におもしろいものに見えてくるはずですよ。

 

 

橘寺の拝観情報とアクセス

〒634-0142 奈良県高市郡明日香村橘532

拝観情報

拝観時間:9:00~17:00(受付は16:30まで)

拝観料:大人 350円、中高生300円、小学生150円

アクセス

近鉄飛鳥駅から

1.明日香周遊バス「川原」または「岡橋本」下車、徒歩約3分

2.レンタサイクルで約15分(オススメ)

駐車場あり(20台)

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ABOUTこの記事をかいた人

Fumie Katayama

奈良の戦える女将。 母の影響で幼い頃から民俗学が好きだったものの、マッドサイエンティストに憧れて学生時代はバリバリの理系。[東京農工大学 工学部 有機材料化学科卒][同大学 技術経営研究科 技術リスクマネジメント専攻卒(研究分野:光学ポリマーアロイの複屈折制御)]武道も好きで、テコンドー(ITF)をしていたことも。[学生テコンドー全国選手権大会 トゥルの部二連覇(2008)(2009)、スペシャルテクニックの部優勝(2009)]就職を利用して一度住んでみたかった奈良県へ移住。古都奈良で1400年間言い伝えられてきた伝説、伝承、信仰、民俗芸能など生きた文化を目の当たりにし、眠っていた民俗学好き魂が再燃。『こんなにあやしくておもしろくてディープな奈良をもっと知ってほしい』という想いから、現在は"奈良のあやしくてかわいい宿"を開業するべく準備中。