【奈良の民話・伝説・昔話】舌切りスズメ・へび女房

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今回は、奈良に伝わる昔話を。

みなさんも子どものころにきいたことのある昔話、
じつは奈良県の民話だったりするかもしれませんよ。

今回は二本立て。

有名なのと、ぼちぼちの。

ぼちぼちの方も知ってたあなたは奈良通です。

 

舌切りスズメ(奈良県吉野郡)

むかしむかし、
おじいとおばあが一羽のスズメをたいそうかわいがって飼っていました。

ある日のこと、
おじいとおばあが山へ行っているあいだに、
スズメがとなりのおばあの洗濯のりを食べてしまいました。

それに気づいたとなりのおばあが

「なんてにくらしい。わしののりを食うてしもて。」

と言い、えらく怒ってスズメの舌を切ってしまったんだと。

 

スズメは泣きながら山奥へ飛んで行ってしまいました。

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山からもどったおじいとおばあは、スズメがいなくなっていることに気づき、

「スズメおらんが、どねんしたんや。スズメこいよ。スズメこいよ。」

とスズメを呼びましたが、いくら呼んでもでてきません。

 

それを見た隣のおばあがいいました。

「お前とこのスズメ、わしんとこののりみんな食うたさかい、舌切ってやったわ。」

 

かわいそうになぁ。。そんならスズメは山奥へいってしもたんやろなぁ。。

と、おじいはスズメを呼ぶのをあきらめたのですが、

どうしてもかわいいスズメのことが気になってしょうがありません。

 

そこでおじいは

「舌切りスズメのお宿はどこよー」

と呼びながら、山奥へスズメをさがしにいったそうな。

 

山奥を歩いているうちに、おじいはスズメがたくさんあつまっているのを見つけました。

するとスズメたちが

「チュンチュン。ここよ、舌切りスズメのお宿はここよ。おじい、よう来てくれたなぁ。」

といって、たくさんのごちそうを出してもてなしてくれました。

 

じぶんのかわいいスズメをみつけ、
ごちそうもたくさん食べたので、おじいはそろそろ帰ることにしました。

 

そしたらスズメが

「ほんならおばあのおみやげに、つづらかついで行ってくれ。ここにあるのん、どれでも持っていってくれ。」

といいました。

 

そこでおじいは

「年寄りやけん、いちばん軽いのもろてくわ。」

と、いちばん軽いつづらをかついで帰ったんだと。

 

家について、

「おばあ、スズメに会うてきたで。ごちそうよばれて、おばあのみやげももろてきた。」

といってつづらをあけてみたら、
その中にはたからものがたくさん入っていたそうな。

 

そのうわさを聞きつけたとなりのおばあはかんがえました。

 

「そんならわしももろうてこ。」

 

そしておじいのまねをして、

「舌切りスズメのお宿はどこよー。」

と大声で呼びながら山奥へはいっていきました。

 

そしたらやっぱりスズメのお宿について、ごちそうに呼ばれました。

 

たらふく食べて、となりのおばあはいいました。

「わしゃもう帰るよって、みやげくれ。」

 

そしたらやっぱりスズメは

「ほんならここにあるの、どんなんでもかついで行ってくれ。」

といったので、となりのおばあはよろこんで

いちばん重たいつづらをかついで帰りました。

 

やっとこ家について、よろこんでつづらをあけると、

中にはヘビやらカエルやらガラクタやらがみっちり入ってたんだとさ。

 

おしまい。

 

へび女房(奈良県大和郡山市)

むかし、筒井に一軒の茶屋がありました。

その茶屋に、
コマノのいう気の強い生娘(きむすめ:未婚の若い娘)がいたそうな。

 

布留(ふる)に住む若者が、月に一度、
その茶屋の前を通って信貴山(しぎさん:朝護孫子寺のある霊山)へ、はだし参りをしていました。

コマノはいつのまにやら、その若者に惚れてしまいました。

 

あるとき、夕方遅くに若者が通りかかったもんで、
コマノは「今から行ったら信貴山では日が暮れる」と無理に茶屋にとめさせました。

そして夜が更けた頃、若者の寝床へ忍び込みました。

しかし若者は布留の明神さんに
『三年はかたく身を守ります』と約束をしていたもんだから、
こりゃかんにん!と茶屋をとびだし東へ向かって逃げました。

しかしコマノもあきらめず、髪をふりみだして若者を追いかけたんだと。

 

逃げてきた若者は、
ちょうど八条のお宮さんのあたりの渕のそばにあった松の木によじ登りました。

するとその松はみるみるうちに大木になって若者をかくしました。

 

ちょうどその夜は、月のあかるい夜でした。

 

コマノが若者をさがしていると、
月の光で若者の姿が渕の水面にうつったものだから、

コマノはおもわず水の中へ飛びこみました。

そうして、そのまま浮いてはこなかったそうな。

 

そんな死に方をしたものだから、コマノは成仏せずに大蛇になり、

その渕にすみついて、嫁入り前の娘をみつけては、

『この娘、私の若者をとってしまうんじゃないか』

とおそれ、渕に引っぱりこんで呑み殺していたんだとか。

 

そうして、
コマノは『嫁取り大蛇』と呼ばれ人々からおそれられるようになりました。

 

そんなある日、
嫁取り大蛇のうわさをきいた殿様が、大蛇を退治するよう村々へ命じたところ、

八条の庄屋が大蛇退治のクジにあたってしまいました。

 

庄屋がすっかり困っていると、その庄屋に育ててもらった子ギツネが

「今こそ育ててもろうた恩返しのときや。まかしとき。」

といって、
夜中に京の公卿(くげ)大行列に化けて布留のお宮へくりだしました。

 

そして、

「禁庭(きんてい:皇族)さまの御用だぁ」

と言って、
布留のお宮でいちばんたいせつな神の剣(つるぎ)をまんまと盗みだし、

その剣で渕にすむ嫁取り大蛇を退治したそうな。

 

そののち、布留のお宮へ返された神の剣は
いつのまにか『子狐丸』という名の宝物となったそうな。

退治されたコマノの墓は、
佐保川の嫁取橋の近くに今でものこっているとか、いないとか。

 

おしまい。

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ABOUTこの記事をかいた人

Fumie Katayama

奈良の戦える女将。 母の影響で幼い頃から民俗学が好きだったものの、マッドサイエンティストに憧れて学生時代はバリバリの理系。[東京農工大学 工学部 有機材料化学科卒][同大学 技術経営研究科 技術リスクマネジメント専攻卒(研究分野:光学ポリマーアロイの複屈折制御)]武道も好きで、テコンドー(ITF)をしていたことも。[学生テコンドー全国選手権大会 トゥルの部二連覇(2008)(2009)、スペシャルテクニックの部優勝(2009)]就職を利用して一度住んでみたかった奈良県へ移住。古都奈良で1400年間言い伝えられてきた伝説、伝承、信仰、民俗芸能など生きた文化を目の当たりにし、眠っていた民俗学好き魂が再燃。『こんなにあやしくておもしろくてディープな奈良をもっと知ってほしい』という想いから、現在は"奈良のあやしくてかわいい宿"を開業するべく準備中。